オールアバウト コグマコーヒー
JR立川駅はとても大きな駅です。中央線、青梅線、南武線、新幹線もとまります。
僕は、中央線で立川駅から5つくらい東に行った東小金井駅で生まれました。
そこには20年近く住みましたが、その頃は立川のことはあんまり好きじゃなくて、ほとんど行ったことがありません。根拠はないけど、行ったらインフルエンザになると思っていました。
今はその駅の南口でコーヒー豆屋をやっています。
コロナによりだいぶ静かになったと周りの人は言っていますが、お店の前の通りは昼でも夜の香り漂う繁華街です。
コーヒー豆屋とは、焙煎をしてその豆を買ってもらう仕事です。同じコーヒー関連でもカフェと違ってやることが多くないので、グッズを作ったり、モビールぶら下げてみたり、余計なことばっかりやってしまいます。
最初はとても大変でしたが、豆を買いにきてくれる人、お店で豆を使ってくれるところも増えてきました。何年かやっていると、常連さんもできて、近くのお店の人と仲良くなったりもして、そういうことで、だんだん街のことや自分の店のことが大切に思えてきます。実はお店を出すのは2回目で、同じようなこと思っていたことを思い出しました。
お店のはじまりは2012年10月になります。
最初のお店の名前は「こぐま屋珈琲店」と言う名前にしました。場所は東京の府中市、大國魂神社の脇道にある、2階建の喫茶店です。コーヒーどころか、飲食店で働いた経験もほとんどなく、父と祖父から継いだ土地を兄が相続し、それを手放して始めた家族経営の喫茶店です。どういうつもりでそうなったのか忘れてしまいましたが、コーヒーはオープン当時から自家焙煎にしようと、それだけは決まっていた覚えがあります。
お店を始めるのに必要な届出とか、そんなものは一つもわかっていなかったのですが、クイール設計事務所の松永さんがすべて整えておいてくれて、兄とプレイステーション4のFIFAをやっているうちに、お店が完成していました。ぐずぐずしている間にお金は減っていき、土地を担保にお金を借りルのですが、当時29歳で利息が安いという理由で、借金の名義は僕になります。
ぜんぜん始めない事を姉に急かされ、くり祭りと言うシックなお祭りの日にプレオープンさせました。お母さんが唐揚げを作り、喉が渇いたと言うお客さんにお水を出し、コーヒーは注文されないまま終わりました。
修正は特にないまま、徹夜で子供の工作みたいなメニューを作り、10/17に開店しました。
特に宣伝もしていなかったけど、そこそこお客さんが来てくれて、なぜか嫁さんの作るランチが当たり、それにぶら下がる生活が始まりました。
スタートの慌ただしいのが少し落ち着いてくると、僕はコーヒーのことで頭がいっぱいになります。楽しいとか、熱中しているとは程遠い、ただただ不安でノイローゼになりそうな苦悩の日々です。コーヒーのことも焙煎のことも教わったことがないと言うのは、迷いだしたら収拾がつきません。
後々、恩師となるチャットGPTもまだ存在しておらず、よそのお店をまわってみたり、古い本を探しに行ったり、何かヒントになるものはないか野犬のように嗅ぎ回っていました。その時にとった焙煎ノートは大きなダンボールに入りきらない量になっていましたが、何年か経って見返したら字が汚すぎて、何が書いてあるのかわかりませんでした。
そのような酷い状態のお店だったのですが、お店を作った時のコンセプトは「来てくれた人の1日をほんの少し幸せにする」という素晴らしいものでした。誰かが喜んでくれるなら、コーヒーじゃなくてもいいし、なんでもよかったんです。たまたまコーヒーを始めて、お客さんとまわりの人に支えてもらって今も続けさせてもらうことができていますが、気持ちとしては、あんまり変わっていなく、来てくれた人に喜んでもらいたいという思いでお店をやっています。
府中の店は兄がそのまま引き継いで、スタッフさんもたくさん増えて大所帯になりました。僕が抜けて忙しくなり、兄が現場を離れてから、さらに混雑したのをみてると、いけなかったのは僕たちだったんじゃないかと、本当にそう思っています。
あまりのノープランで府中のお店を出てしまい、お金を稼ぐ方法をしばらく模索してみましたが、お店をはじめる以外、仕事のやり方がわかりませんでした。
今度は、カフェではなく、コーヒー豆屋になるのですが、コーヒー豆屋さんがどうやって生計たてているのか想像つかなくて、府中の時と同じように姉に急かされて始めました。少し違ったのが、オープン日が一粒万倍日だからと言う理由で、10年経って姉が少しスピリチュアルになってきたなと感じています。そんな日は聞いたこともなかったので、万倍日の売り上げが2500円でも、そういうものかと思っていました。さすがに2500円じゃ生活はできないので、世の中の豆屋さんも、もうちょっと稼いでいるんだろうと思っていたら翌日は1700円で、この流れはいったんよくなるのですが、ひどい時は300円の日もありました。わかったことは、1700円だと不安なのですが、300円だと不安はなくなるものです。
カフェとコーヒー豆屋の違いは、焙煎の面からみても多少違います。
カフェは来てくれた人への1杯に完成を作るのが仕事ですが、豆屋さんは持って帰ってもらい、数日〜数週間飲んでもらうので、完成をどこにするか問題というのが出てきます。いや、出てくるかどうかわからないのですが、そういうことを意識しています。
そんな情けないスタートになるとは想像しておりませんでしたが、2022年3月26日、東京・立川市KOGUMACOFFEEの開店日になります。
お店のロゴやスタンプ、豆の袋のデザインなどをパピエラボの江藤さんにお願いして、プロの仕事というのをはじめて目の当たりにできた気がしました。卸販売をメインにして、気持ちとしては山小屋の中で焙煎してるくらい職人的になる予定でしたが、寂しくてお客さん用の椅子を置きInstagramをはじめ、これを書いている時点で4年とちょっと経ちました。
晴天の日に誰もこない店内にいると、世界中の人から無視されているような気持ちに今でもなりますが、帰る時には毎日毎日、お店やっててよかったと思えて帰宅できています。
府中の時もそうでしたが、本当の本当にお客さんに支えていただき、ここまで続けさせてもらえていると、心の底から感謝しています。
もうやめたいなと思う時もありますが、お客さんに会うと頑張ろうと思えてきます。KOGUMA COFFEEはきっといい店ですね。そんな気がしてきませんか?オンラインストアも実店舗も、まだまだと思うところがたくさんあります。その時の精一杯で、少しずついいお店にしていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願いいたします。
あと、このクマの名前はコクマロウと言います。コクがあってまろやかな味、という意味があったような気がします。なので、初めの頃兄が作っていたカレーはこくまろでした。デザインは嫁さんのところの1番下の妹さんが、絵心があるという理由で無理やり描かされた絵です。当時高校生だった妹さんも結婚して子供が産まれ、コクマロウはクッキーになったりグラスになったり、文房具になったりしました。15年は長いですね。